vol.9|秋 京都
photo: Haruhi Okuyama instagram @okuyama_haruhi
model: Tomoko Sakata instagram @pieko6
text: Eve TARK
enricaが大切にしている’縁’から生まれた「enricaの紡ぐ人とひと」 。
Vol.9は2010年のenrica初コレクションから′縁´が続いている坂田智子さんをモデルに迎え、奥山晴日さんの写真と共にお送りします。
京都ならではの特別な空気感と、坂田さんのエネルギー溢れるこれまでのエピソードをお楽しみください。

【Ep.1 着せ替えが好きで始めた洋服づくり】
生まれは大阪の難波です。三人姉妹の長女で、お人形遊びが大好きな子どもでしたね。中学生になっても、バービー人形で遊んでたんですよ。妹と遊んであげているふりをしながら、自分がいちばんお人形遊びを愉しんでいたことはよーく憶えています。いま思うと、ひどいなぁ、私。笑。
とにかく着せ替えが好きだったんです。いっつも同じ洋服だとお人形さんがかわいそうに思いません? でも、お人形さんの洋服をそんなに買ってもらえるわけじゃないから、自分でつくっちゃえって。手縫いでちっちゃな洋服をつくってはお人形さんを着せ替えて、めっちゃ喜んでました。

【Ep.2 女の子であること】
子どもの頃、私にとっては女の子であることがすごく大事なことだったんですよね。女の子らしくないことをものすごく毛嫌いしていたというのかな。華やかでなければいけないって思っていたかも。アイドルがきらきらした衣装を着て歌っている姿にときめいたりして、おかしな子どもですよね。ときめいていたのは男性アイドルじゃなくて、女性。しかも衣装って。笑。

おしゃれには自分なりのこだわりがあって、小学生のときって、お母さんが勝手に子どもの洋服を買ってくるじゃないですか。好みのときもあれば、そうじゃないときもある。私は茶色の洋服が嫌で嫌で。本当に嫌で。もう何度でも嫌って言いたくなるほどに、茶色嫌い。笑。茶色の洋服を着せられたときは、どんなに暑くても上着を着て隠してました。これは女の子の色じゃない! そう思いながら。

【Ep.3 ファッションの仕事をすると決めたとき】
高校は制服で選びました。あの制服を着たいと思えるかどうか。そこが高校を決める基準になっていたと思います。高校時代、中学校の同級生の家に入り浸っていたんです。実はそこにはよこしまな理由があって、その子のお姉ちゃんと話したかったんですよね。お姉ちゃんは10歳くらい年上で、スタイリスト。ファッションはもちろん、音楽だったり、とにかくいろんなことを教えてもらいました。おしゃれで、きらきらしていて、憧れたなぁ。
そのときに決めたんです。私はファンションの仕事をするって。小学校6年の文集に、将来の夢はデザイナーって書いたこともあって、おしゃれに対する強い想いが私の中にはずっとあったとは思います。

【Ep.4 好きな道に進む】
高校は進学校だったんですけど、ファッションの道に進むなら大学に進学する必要はないので、モード学園に決めるんですけど、担任は驚いてましたね。だって、専門学校に進む子なんてほとんどいない高校だったんですよ。
両親は応援してくれました。父親は内装の会社をやっていたんですけど、若い頃は画家になりたかったみたい。夢が叶わなかったこともあって、私が好きな道に進むことはいいことだって。

【Ep.5 二転三転】
大阪のモード学園にスタイリスト志望で入って、でももっとファッションの勉強がしたいって思い始めて、2年目からデザイナーコースに変更して、基礎から学びました。
3年のときにクラブやギャラリーでファッションショーを開催したんです。大盛況でイベントを見にきてくれたブランドから、うちで働きませんかって、声をかけられて、えぇって。嬉しかったですね。そこで思い切って、中退して就職したんですよ。いまでは考えられないと思うんですけど、社会に出たばっかりの21歳の私が、直営店の運営だったり、責任ある仕事を任されたりして、そのブランドがパリコレにも出るようになるんです。やり甲斐があって、本当に愉しかったですね。


【Ep.6 28歳で東京へ】
28歳のとき、すべてをちゃらにして東京に行きました。子どもができて結婚したんです。相手はミュージシャン。東京暮らしだったので、第二の人生じゃないですけど、実家からも仕事からも離れて、しばらくは子育てを中心に生きていく道を選びました。
私は好きな人と一緒に暮らすことができて、子どもとの時間も愉しいし、前の生活に未練はなかったんです。旦那はそれが物足りかったみたい。子どもが2歳になったとき、Tシャツつくってよって言うんです。クリエィティブな私でいてほしいからって、なかなかあきらめなくて。そこまで言うならとTシャツをつくって、旦那の知り合いの店に置いてもらったんです。付き合いもあったと思うんですけど、結果的に完売になって、私もついつい調子にのって、家にあったミシンで古着をアレンジして今度はデニムもつくって、そしたらそれも売れちゃって。あれ、なんか楽しいぞって。

【Ep.7 結婚・出産・離婚・再出発】
なんて言うと、優しくていい旦那だと思いますよね。いや、まぁいろいろありました。笑。結婚当初から女性問題が絶えなくて、そのたびに喧嘩して、仲直りして、また揉めて。その繰り返し。結婚して3年が経った頃、私の中で、もう無理って、ぷつんと糸が切れてしまって、離婚しました。すべてがゼロになって途方に暮れた、31歳です。

離婚して収入もない。私にできることっていったら、洋服しかないんですよ。だったら自分のフィールドでなんとかするしかないなって。
洋服を3パターンつくって、片っ端からバイヤーさんたちに送りました。知り合いとかじゃないですよ。無我夢中でしたね。はじめましての人たちに私のファッションに対する思いを手紙に書いたりしてね。

【Ep.8 突き動かした2つの想い】
ある日、ひとりのバイヤーさんから連絡があって、とんとん拍子で取り扱いが決まるんです。しかもそのショップは全国に100店舗以上も展開があって、いきなり100店規模で私の洋服を販売することになって、自分がいちばん驚きました。
思うに、執念かな。私の人生を台無しにした旦那への恨みつらみを洋服づくりに没頭することで忘れ去ろうとしていた気がします。もうひとつは、なにがあっても子どもを守り抜かないといけないっていう強い意志ですね。そのふたつに突き動かされて、奇跡が起こったと思っています。
それからは他からも注文が入って、順調すぎて怖いくらい。離婚して、落ち込んでいたんですけど、私にもできることがあるんだっていう前向きな気持ちになれたことは大きかったですね。自己肯定感というのかな。収入もあるし、あぁ、これで子どもとふたりで生きていけるって、ほっとしました。

【Ep.9 振り出しに戻る】
あの頃は、ゆっくりする時間をつくりたくなかったんだと思います。ブランドをひとりで動かしながら、もうひとつアルバイトもして、がむしゃらに働いていました。
でも、3シーズン目あたりから、洋服が思うように売れなくて。売れなければ契約を切られちゃうわけです。プレッシャーも感じるようになって、愉しくなくなってきたっていうのか、夢中でやっていた最初の頃とは違う気持ちで洋服に向き合和なければいけないっていうのうか、これでいいのかなって迷ったり悩んだりしてましたね。洋服をつくるにはお金もかかるし、ある意味、ギャンブルだなって思うと、どんどん追い詰められた気分になって……。

ちょうどそのとき、子どもが病気になって入院して、仕事もふたつあるし、売れる売れないのプレッシャーもあるし、精神的にも肉体的にもまいっちゃって。結局、せっかくつくり上げたブランドを整理して、また振り出しに戻るわけです。
また落ち込むかなって思ったんですけどね、不思議なもので精神的にも肉体的にも楽になって、人生を見つめ直す時間もできて、いま思うと、よかったなって。私の人生、山あり谷ありだって笑えるようになったのも、この頃からです。

【Ep.10 再びファッションの世界へ】
ファッションから離れて、証券会社で働き始めるんです。生活も安定して、韓国語を勉強したり、子どもと過ごす時間もいっぱいあって、自分の中では満足していたと思うんですよね。そんなとき、知り合いからデザインをやらないかって話をもらって、でもその話は私のデザインが採用されてはじめてお金がもらえるものだったんですけど、そのときの私にはちょうどよかった。だめならだめでいいやって思える方がプレッシャーもないですしね。
いざ、デザインをやってみると、これが楽しいんですよ。あぁ、私はファッションの世界が好きなんだなぁってつくづく思いましたね。そのときのご縁がきっかけで、店舗の運営を手伝うようになっていくんです。いろいろあって、吹っ切れていたのかな。あの頃、やることなすこと、うまくまわっていくんですよ。私が関わった店舗の売り上げが伸びて、スタッフさんたちもいきいきとして、信頼関係を築けたこともあって、社員にならないかってお話をいただいて、「かぐれ」で働き始めました。

【Ep.11 自分らしく生きる】
30代の後半で本格的にファッションの世界に復帰して、新しい店舗の店長を任され、子育てと仕事の両立は、とても忙しかったんですけど、愉しかったですよ。自分らしく生きるっていうのかな。あの頃、子育てをしたってことで、考え方に変化が出たことも大きかったと思います。ファッションへの視点も変わって、暮らし方はより丁寧になっていって、enricaさんと出会ったのも、その頃です。ナチュラルでありながら、凛とした強さもあって、品のあるデザインに魅力を感じて、ずっと好きなブランドですね。

【Ep.12 それが、私】
いまは関西に戻ってきて、これまでの経験を活かしながら、ホテルや商業施設でポップアップやイベントの運営だったり、東京とはまた違った景色を見ながらやってます。
離婚という出来事はしんどかったんですけど、子どもを授かったことには感謝しています。あの子がいたから頑張れたっていうか、人生をあきらめずにやってこれたと思います。もう少しで、子どもが学を卒業するので、ほっとするっていうか、でも寂しい気持ちもあって、子どもが独立したら、自分にどんな人生が待っているのかなぁ。

人生を振り返ると、自分でこうなりたいとか、こうしたいっていうよりは、まわりから手を差し伸べてもらって、敷かれたレールの上を走り切ってきた気がします。それが、私なんだなって。

(Instagram、Facebookで好評いただいた@enrica_jp「enricaの紡ぐ人とひと」 vol.9|秋 京都の投稿のアーカイブです。)