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enricaが紡ぐ人とひと 有元伸也、杉山日向子

「enricaの紡ぐ人とひと」 Vol.4 ~ 私が私であるために ~ 椎名町(東京)

PHOTO Shinya ARIMOTO
MODEL Hinako SUGIYAMA / ARTIST
TEXT Eve TARK

2013年、パリ。セーヌ川沿いに飾られていたモノクロ写真に足が止まった。毎年、秋に開催されている「PHOTOQUAI 」。各国から名だたる写真家が参加してセーヌ川のほとりを大きな写真が埋め尽くす恒例のイベントで、思わず見入った一枚は偶然にも日本人写真家のものだった。Shinya ARIMOTO。いつか、有元さんに写真を撮ってほしい。その思いは、8年の時を経て実現した。

杉山日向子さんとの出会いは、古い友人を介してだった。藝大に通う彼女は、物憂げな雰囲気を漂わせながらも、どこか屈託がなかった。170cmを超える長身でありながら、ふわっとした趣きで、幼さと大人の佇まいを兼ね備えた不思議な女性だった。

enricaが大切にしている’縁’から生まれた「enricaの紡ぐ人とひと」 vol.4 スタートします。

Shinya ARIMOTO
https://arimotoshinya.com/

Hinako SUGIYAMA
https://hinakosugiyama.com/

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東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻4年生、杉山日向子さんのお話。

「油絵を始めたのは、高校生のとき。なんで油絵なのって聞かれることが多いんですけど、いつも、うーんってなるんですよ。はっきりとした理由があるわけじゃなくて」

杉山さんは中高一貫教育の女子美術大学付属出身。15歳からはすいどーばた美術学院にも通って美術を学んだ。
「小学校のときは、図工の時間が好きだったんですけど、絵がうまいわけじゃかったんですよね。ゆるい絵画教室に通ってはいたんです。楽しくやっていたのを母がどう思ったのかわからないですけど、親に勧められるままになんとなく女子美に入って、家から歩いていける距離にすいどーばたがあったのでなんとなく通い始めて、なんとなく油絵を選んだ形ですね」

強いて言うならーーそう前置きして、杉山さんが語った油絵の道に進んだ理由は「消去法に近いかも」。

「私、アクリル絵具をうまく使えなくて、だったら油絵がいいのかなって」
なんとなくを積み重ねながら、杉山さんは藝大で美術を学び、そしていま卒業制作の油絵を描き始めようとしている。

「藝大に進んだのは、意地ですね。私、藝大に入るまでに二浪したんです。女子美のとき、先生とうまくいかなくて。絶対にエスカレーターで女子美の大学に上がりたくなかった。だから油絵も意地で描いていたと思います」
杉山さんは小学校のとき、水泳と美術のふたつの教室に通っていた。水泳は「結構、真剣にやってました」という。新宿区の大会で出した記録は、いまも破られていない。美術に関しては「好きだから描いてました」というが、コンクールで表彰されたり、選ばれて絵が飾られたりしたことは一度もなかった。

「母が水泳よりも美術推しだったんです。その言葉に乗せられて女子美に行ったんですけど、みんな絵がうまいわけです。小学校のときに賞をとったりして、ただ好きでやっていた自分とは違うなぁって。先生もうまい子には優しいけど、私は放っておかれている感じで。だから私、先生を見返したい一心で、油絵を描き続けていたと思います」

杉山さんが油絵を描くことを楽しいと思えるようになったのは、つい最近のこと。
「高校時代は意地で描いていたし、浪人中はこのまま油絵を続けていていいのかなと不安もあって、描いていて楽しかったことは一度もないです。でもいまは違う。もっとうまくなりたいし、自分にしか描けない絵を突き詰めたい。描いていて楽しいんです。油絵を続けてよかったなって」

「あぁ、私は支持体なんだなと思いました」

enricaのモデルを体験して、杉山さんが真っ先に思ったのは、自分は支持体=キャンバスだということ。
「服をデザインするアーティストがいて、私というキャンバスがその服を纏うことによって、作品が完成するんだなって」
だから「無」になろうと、杉山さんは考えた。
「絵を描くときって、ああでもないこうでもないって頭の中がぐわってなりながら筆を走らせるんですけど、今日はその真逆でした。私はキャンバスになってenricaさんの服で何色にも染まればいいんだって思ったら、最初はちょっと緊張していたんですけど、楽になりました。何も考えないというのは新鮮な体験でしたね」

もうひとつ、杉山さんの思ったこと。それは自分が描いている絵とenricaの服の共通点。
「私が絵を描いているときにいろんなことを考えるように、enricaさんの服も完成するまでにはデザイナーの方が多くのことを考えて、その結果として、いま私が着ている服になっていることをぱっとイメージできたんです。着てみるとenricaさんの服は芸術作品の趣もあるし、でも服だから日常で楽しむものでもありますよね。それって、絵も一緒だなぁって」

「藝大に入って私、それまで思っていた『絵がうまい』ということの価値観が一気に覆されたんです」
中学、高校を女子美で過ごし、すいどーばた美術学院にも通い続けた杉山さんにとって、まわりにはいつも絵がうまい子がいた。と思っていたけれど、藝大で美術を学んでいる学生たちと触れ合ってみると、どうやらそれは違っていたのかも、と感じるようになった。
「目で見たものを上手に描く子はいっぱいいたんです。でも、藝大の学生たちの絵を見ると、えって。いったい何が見えているんだろうっていう絵だったんです」
その瞬間、藝大に入って本当によかったと、快哉を叫びたい気分になった。なぜなら、絶対的な自信を持つことができなかった自分の絵も、ここでならわかってもらえるかもしれないと感じたから。
「目にしたこと、耳にしたもの、香りや空気感も含めて、自分を取り巻くすべての情報量をいかに噛み砕いて、自分のセンスで絵に出来るかどうか。その中で自分を信じて最後まで描き切る自信とプライドを持っていること。絵がうまいって、そういうことだと、いまは思っています」

「私、幸せだと絵が描けないんです」
ほかに楽しいことがあると、絵を描くことの優先順位は、杉山さんの中でぐんと下がる。だから、恋愛しているときは、なかなか絵を描くことができない。
「藝大に通っていると、時間があれば絵を描いていると思われがちじゃないですか。そういう子もいますけど、私はそうじゃない。最近、わかったんです。私は誰かに見て欲しいから絵を描いているんだって」
思い返せば、小さい頃からずっと、絵を描くということは誰かに見せるためか、または提出期限に間に合わせるためだった。
「いまは卒業制作の油絵を描かなければいけない時期にきています。そろそろ描き始めないといけないんですけど、まだ全然。誰かに見てもらうために描くっていうこともあるけど、追い込まれないと描けないという自分もいます。そういうこと言うと、ホントは絵を描くことが好きじゃないんだって言われたりするんですけど、私はそうは思わない。必要に迫られるってことは、私の絵が求められていることだから。お腹がへったからごはんを食べるように、欲する人にどうしても必要なものであり続けるために、私は絵を描き続けたいんです」

杉山さんは、自身の未来をどう考えているのだろうか。
「未来というより、数ヶ月後。いまは卒業制作を描き終えることを考えています」
と言いながらも、キャンバスは真っ白なまま。どんな絵になるのか、本人にもわからないという。
「大丈夫。ポジティブに考えています。唯一無二の絵が描けるはずです。とは言っても、焦りはあります」
卒業制作を終えた後の、もう少し先の未来。杉山さんはどう考えているのだろうか。
「院に行きたいです。母は就職した方がいいと言うんです。そう言われてわかったんです。私は絵に関わる仕事じゃなくて、絵が描きたいんだって。だから、もっと絵の勉強がしたい。いま以上に素敵な絵が描ける自信があリます」
杉山さんにとって、絵を描き続ける意味はどこにあるのだろうか。
「認められたいということだと思います。でも、万人に受けたいわけじゃない。私がわかって欲しいと思う人だけに届けばいい。その気持ちが私の絵には現れていると思います。未来はどう思っているかはわかりませんけどね。いまはそういう気持ちです」
杉山さんは、不確かな未来ではなく、確固たるいまを生きている。

Shinya ARIMOTO
https://arimotoshinya.com/

Hinako SUGIYAMA
https://hinakosugiyama.com/

(Instagram、Facebookで好評いただいた「enricaの紡ぐ人とひと」 Vol.4 ~ 私が私であるために ~ 椎名町(東京)の投稿のアーカイブです。)

Dec 24, 21 | from enrica